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「フィジカル」と「デジタル」のあいだで (4)コンテンツではなく、コンテクストを!

2006年3月28日 掲載

渡辺保史

コンテンツではなく、コンテクストを!
 ——情報デザイン的視点からのコンテンツマネジメント論

世界の全てはコンテンツである

「コンテンツマネジメント」をメインテーマにすえた「DESIGN IT! 」のウェブサイトに、こんな否定的なニュアンスを含んだタイトルのコラムを寄せるのは、いささか気が引けないわけではない。だが、このタイトルには敢えて議論を喚起しようという意味を込めている他に、半分は本気でそう思っているのである。コンテンツはもういらない、コンテクストをつくれ!と。

このコラムで言及するのは、狭い意味での——つまり DESIGN IT! の会議テーマとして扱われるであろう——ウェブコンテンツとそのマネジメントに留まらない。コンテンツを、もっと幅広く捉えることにしようと思う。主にウェブ上のコンテンツマネジメントに関連したビジネスや、そのユーザーにとっては、非常に縁遠いトピックスを取り上げることが多くなるだろう。一見、この試みは迂遠に過ぎるように思われるかもしれないが、Web2.0という新たなコンセプトがネットの隅々へと浸透するであろう近い将来、必ず大きな意味を持ってくるように思うのだ。

そろそろ本題に入ろう。一番最初に確認しておきたいこと。それは、「コンテンツは既に存在している」ということだ。言い換えると、この世界に存在する全てはコンテンツである。あまりにミもフタもない言い方ではあるが、これが真実だと私は思っている。そうでなければ、コンテンツマネジメントも、ごく一部の「プロ」のメディア産業などにのみ必要な分野ということになってしまうのではないか。

コンテンツはどこにでも存在している。そのことに気づいたのは、数年前に自宅のある北海道の函館で行った情報デザインのプロジェクトがきっかけだった。もちろん、それ以前から何となく勘づいていたし、今となってみればこうした考えを裏づける知見には、以前から触れていたのだけれども、自らの経験にもとづく実感として、この世界に存在する全てがコンテンツになりうるのだという真実にたどり着くには、函館でのプロジェクト「ハコダテ・スローマップ」[kanshin.jp]なしにはありえなかった。

都市に潜在するコンテンツを再価値化する

文字通り「スロー」なプロジェクトなので、その後の進捗は実のところ芳しくないのだが、ハコダテ・スローマップは自分を含む関わった人々にとって大きな意味をもつ参加体験型の情報デザインプロジェクトであったことは否定できないと思っている。

米国ニューヨークで生まれた「Green Map System」[greenmap.org]という環境マップ作成の活動に共鳴し、都市環境に潜在する多層的な価値や問題を市民自身の参加によって視覚化する——というのが、このプロジェクトの趣旨だった。自分なりに、このプロジェクトにおける最大の眼目は、「DESIGN IT! 」的な文脈に沿って言うなら、「コンテンツ資源としての都市」を市民自らが発見し、再価値化するために情報デザインの技法を応用する、というところにあった。

半年間のプロジェクト期間中には、段階的に様々な人々が関わるワークショップの場を設定した。たとえば、普段はクルマで移動することが当たり前の函館市民が足で旧市街を探索し、ともすれば見過ごしがちな街の「good」や「bad」を発見して歩いた。そうして集まった発見の数々を、どのような形で編集すれば価値のあるコンテンツになるか、それを際立たせるデザインはどうしたらいいか、できたマップをどのように使えばまちづくりに役立つか——といった観点からブレーンストーミングを重ねた。時には、小学校の教室にお邪魔して、マップに使うピクトグラムのアイディアを子ども達から募り、情報デザインを学ぶ大学生たちと掲載情報の整理と検証に明け暮れた。

こうして完成したマップは、のべ150人もの世代も違えば関心も異なる市民の「手垢」がたくさんついたものになった。情報量やユーザビリティなどの面で決して満足のいく出来ではなかったが、たくさんの人々の参加と体験によって、函館という都市の持つコンテンツを今までと違ったかたちですくい取り、それを社会的に共有することができるのだという確信を深めることができた。また、このマップを契機にして、行政と民間の協働によって都市再生ワークショップの実施や、地域デジタルアーカイブの研究プロジェクトの立ち上げなどにつながっていった。私自身は関わっていないが、旧い街並みをスペインの「バル」(居酒屋)街に見立てて地図を片手に飲み歩く「バル街」[bar-gai.com]というイベントも回を重ねるごとに盛り上がっている。

自分のまわりのコミュニティに気づく

世界に潜在するコンテンツをピックアップする。それを可能にするのは、言うまでもなく人のチカラだ。私が函館のプロジェクトで学んだのは、そうした人のチカラを引き出し、培っていくためにはまず「場」が必要だということだった。

ここでいう「場」とはもちろんフィジカルな場所の意味もあるが、もっと言えば「コミュニティ」ということである。人が出会い、対話しあいながら少しずつ問題意識を重ね合わせ、情報の共有度を高め、さらに別の人が加わって次第に関係の濃密さが増していき、多様な知恵と経験がそこに集積されていく——そんなコミュニティを育てていくことこそ、価値のあるコンテンツを送り出していく際にきわめて重要なのだ。

むろん、コミュニティは都市や地域といったフィジカルな空間の中にだけ存在するわけではない。経営組織の中に、学術研究の分野に、クリエイターやアーティストたちに、それぞれのコミュニティが多様に存在している。自分のまわりに、どんなコミュニティがあるのか自覚的でいること。そして、自分がいくつのコミュニティに帰属しているのか、もし自分がコミュニティを立ち上げるとしたら、どんな風に育ててみたいのか——そうしたことに想いをめぐらすことは、組織におけるコンテンツマネジメントのために決して無駄ではないだろう。

メディアの歴史を思い起こしてみよう。様々なメディアの草創期には必ず、新しい技術の可能性に飛びつき、それを自分たち流の情報編集や発信の道具として使いこなそうとした先駆的な人々のコミュニティがあった。電話しかり、無線(ラジオ)しかり、コンピュータネットワークしかりである。そう考えると、今急速に進展しつつあるネットの「あちら側」での、人々の様々な共有と共働の仕組みの拡大が意味するものは自ずと理解できるだろう。ブログや SNS の登場で、人々が自分のまわりに存在するコミュニティを意識する機会は着実に増えてきている。問われているのはその先なのだ。コンテンツを発掘し、送り出す基盤としてのコミュニティをどうデザインし、どうマネージするのか、その具体的な手立てが求められているのではないだろうか。

執筆者紹介

渡辺保史

情報デザインをめぐるプランニング・ディレクション・ライティングに従事。智財創造ラボ・シニアフェロー、武蔵野美術大学デザイン情報学科非常勤講師。http://www.nextdesign.jp/


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